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2011年9月24日土曜日

阪堺電車沿線歩き(阪堺線大阪市内南側) w/ CAMEDIA C-2

前日に軽くハイキングなど行ったものの、さして高くもない山だったのでイマイチ歩き足りなかったので、阪堺沿線歩きの続きに繰り出した。
といいつつ、やっぱり疲れてたので大した距離も歩かず終えてしまったけれど。

持ちだしたカメラは、懐かしのOLYMPUS CAMEDIA C-2。


前回は浜寺公園から我孫子道駅まで歩いたので、今回は我孫子道駅から……だけども、アクセスの都合で南海本線の住ノ江駅から。

線路沿いにまっすぐ南に下がって、府道42号線に交差するところまで。
交点のガード下に三宝地蔵尊というのがあるが、由来などはちょっとわからない。
そこから東へいくと、しばらくして紀州街道にぶつかる。

ここから北の紀州街道は、安立商店街になっている。
いかにも下町の商店街、昭和の薫り。
南海線の急行停車駅のちょうど中間、でもあたりは住宅街。大きく賑わったりしたこともなく、しかし寂れ果てるほど需要が下がることもない感じで、当たり前の店がゆったり並んでいる。


商店街を抜けて、コンビニつきマンションの隣に空き地があって、霰松原、と碑が建っている。
大阪は昔はもっと海岸線が内陸にあったので、この紀州街道もかつては海沿いで、ずっと堺まで続く白砂青松の岸辺の道であった。
その景観は万葉集に「霰打つ あられ松原 住吉の 弟日娘と 見れど飽かぬかも」と詠まれている。


空き地は、小さなお社が3つ並んで、神域らしい大樹もある。
かつての安立町役場があったという碑もあり、明治からこちらの戦没者慰霊碑もまとめて建っている。
天水分豊浦命神社、というのがかつてあったそうで(明治に沢之町の止止呂木比売命神社に合祀されている)、碑が残っている。大樹は当時のご神木かな。
現在は、金高大明神社・荒神社・稲荷社が小さく並んでいる。

神社跡に別の神社があって、前の神社は遷座済み、というのは、なんだか乗っ取りみたいで不思議な状態だけれど、こちらのサイトに解説があった。


歩いて行くと、旧街道ということもあって、道端にお寺がよく現れる。
住之江教、という宗教の教会本部というのも見かけた。どういう宗教なのだろう。



細井川を渡って住吉大社近くにくると、阪堺線が紀州街道に合流してきて路面電車になる。
ここまでCAMEDIA C-2をずっと光学ファインダーで使ってたのだけど、どうも縦位置の時に傾けてしまいがちな感じ。





住吉大社は何度も来てるけれど、紀州街道を歩いてきてスルーするのも妙なので、参拝。

そこから、たまに通る路面電車を撮りつつ、淡々と北上。
まあ基本的には下町そのもので、賑やかなところはもう少し西の国道26号線沿いとか南海本線の駅の近くだから、しょっちゅう立ち寄るところがあるわけでもない。
しかし、たまに若い人向けの古着屋などがポっと現れたりして、こういう雰囲気が好きな若い子が居たりもするのかな。






阪堺線はラッピング車両だらけなのだが、ラッピングがローカルだったりして面白い。質屋て。
道端には、「電車側方通行禁止(多分路面電車の脇をすり抜け敢行して失敗した車がいるのだろうと思う)」とか、「駐車禁止 ここに車を止めると電車が通れません」などと電柱に警告が貼られている。


南海高野線の高架下をくぐると、南海の岸里玉出駅近く。
どうも駅の跡に見える。

岸里玉出駅は、南海本線と南海高野線の交点にある。
南海本線が難波から和歌山へと行っているのに、北西の汐見橋から南東の高野山方面へ行く高野線がクロスするのがここ。
このあたりは、昔から何度も駅の統廃合やら線路のつなぎ替えやらがあって混沌としている。Wikipediaの岸里玉出駅の項など参照のこと。私の子供の頃はまだ岸里と玉出は別だったな。



ここまでくると、近くに阿倍野神社がある。
ちょっと私にも縁のある(血を引いてるとかそういうのは全くないが)、北畠親房公・顕家公を祀る神社。
顕家公が足利の軍勢と戦った古戦場でもある場所という。
創建は明治だからそんな古くない神社だけれど。


境内にある旗上稲荷社が、鳥居がぎっしり詰まったエリアを形成している。

本殿。
近いうちに神皇正統記を読もう、と決心しつつ二拝二拍手一拝。


花将軍といわれる美少年であったという顕家公。


ちなみにこのあたりは、大阪市の中では屈指の高級住宅街。
阿倍野神社から戻るのに、30男がカメラ片手にぶらつくのは不穏に思えるようなエリアを通り抜ける。


まだそれほど歩いたわけでもないけどそろそろいいかな、と思い、阪堺線天神ノ森駅の方へ。


しかし電車がすぐには来ないので、すぐ側の天神ノ森天満宮へ。


淀君が秀頼を懐妊していたときに、秀吉が参ったという子安石なんてのがある。
しかし天満宮なのに、天満宮おなじみの撫牛がいない、と思ったら、なぜか裏手の柵に囲まれて手の届かないところにいた。

阪堺電車が来たところで乗り込んで、恵美須町方面へ。

もう一度歩けば沿線を歩き通せるのだが、しかしこの先はちょっとディープすぎるエリアだし、一度ルートを選んで歩いたこともあるからパスしようかどうしようか。
次は住吉大社から上町線方面にしようかしら。

CAMEDIA C-2は、大昔のさして高級品でもない、ズームすらないシンプルなカメラなのだけど、使いごこちはなんだか不思議と良い。
レンズバリア兼用のスイッチをシャっと開くとすぐ撮影可能になり、ちゃっと撮ったらすぐレンズバリアを戻してポケットに突っ込める。スナップ写真を撮って歩くときは、出す撮る仕舞うがスムーズなカメラが気持ちいい。
当時は液晶ファインダーで撮ってると電池がすぐ終わるせいもあって、光学ファインダーもなかなか悪くないのがついている。合焦・ストロボ警告もちゃんとある。
さすがに今となっては画質とか感度とかしんどいんだけど、いいカメラ。

新しいカメラのほうが一般に動作は速いんだけど、電源スイッチを押しづらかったり、起動は早くても意外と終了が遅くてレンズが引っ込まないからポケットに戻せなかったりするのが結構ある。
高速起動高速終了、沈胴式じゃない単焦点レンズ(今だと屈曲光学系ズームレンズになりがちだが、アレの画質が悪くなかったためしがない)、操作しやすいスイッチ、ラフに扱ってもレンズが汚れない外装設計と、傷ついても惜しくない適度な安っぽさ、今のセンサーの感度なら手ぶれ補正なくてもいいから、単三電池2本で長いバッテリーライフにして、見やすい光学ファインダーがついたスナップカメラ。
そんなのがあればいいんだけど。